ゲーム、音楽、映画、小説。
世の中には、人生を楽しませてくれる素晴らしい作品がたくさんあります。
私も作品に触れることがあります。音楽を聴いて胸を打たれることもありますし、好きなアーティストの曲を聴いていると、「自分のために演奏してくれている」と想像して楽しむこともあります。
そういう時間は、とても豊かな時間です。
ただ、ある時から少し違う視点を持つようになりました。
「どれだけ感動しても、これは自分の人生ではなく、誰かが作った世界なんだ」と。
創作物は素晴らしい。でも、自分の人生とは別のもの
作品には人を引き込む力があります。
ゲームの世界に入り込む。
音楽の感情に包まれる。
映画の登場人物の人生を追体験する。
その瞬間、自分は現実とは違う場所にいるような感覚になります。
それ自体は悪いことではありません。
むしろ、人間が創作物を楽しむ大きな理由だと思います。
ただ、忘れてはいけないことがあります。
その世界を作ったのは自分ではないということです。
そこには作者の価値観、経験、考え方が込められています。
作品から影響を受けることはあっても、それをそのまま自分の人生観にする必要はありません。
長年続くと「時間が消えた」と感じる理由
仕事が終わる。
家に帰る。
ゲームをする。
音楽を聴く。
動画を見る。
そして寝る。
次の日も同じことを繰り返す。
もちろん、その時間は楽しいです。
嫌なことを忘れられますし、気持ちを切り替えることもできます。
しかし、それが何年も続いた時、ふと考えることがあります。
「自分はいったい何を積み重ねてきたのだろう」と。
思い出せるのは、誰かが作った世界の記憶ばかり。
もちろん、それも人生の一部です。
でも、自分自身が何かを作った経験や、自分で選択して進んだ時間が少ないと感じると、時間だけが流れていったような感覚になります。
自分の人生では、自分が主人公
私は、自分の人生の主人公は自分自身だと思っています。
これは「自分だけが大切」という意味ではありません。
自分の時間をどう使うのか。
何を経験するのか。
どんな人間になっていくのか。
その選択をするのは自分だという意味です。
他人が作った物語を見ることは楽しい。
でも、自分自身の物語を進める時間も必要です。
創作物から離れる時間を作る
だから私は、ときどき意識的に創作物から離れる時間を作ります。
ゲームや音楽など、強く感情を動かされるものから距離を置きます。
その代わりに、ニュースを読んだり、自伝を読んだりします。
誰かの人生や社会の出来事を知ることは、自分の考えを広げるきっかけになるからです。
ただ受け取るだけではなく、自分の頭で考える時間を作る。
その時間が、自分自身の感覚を取り戻すきっかけになります。
創作物は人生を豊かにするもの。でも、人生そのものではない
創作物には大きな価値があります。
感動を与えてくれる。
知らない世界を見せてくれる。
自分では経験できない感情を味わわせてくれる。
だから、楽しむことを否定する必要はありません。
ただ、自分の人生の中心に置くものは、自分自身でありたいと思います。
誰かの作った物語を楽しみながら、自分自身の物語も進めていく。
そのバランスが、自分らしく生きるためには大切なのだと思います。
