時間と人生経験について、うまく言えないけど思うこと
時間って、たぶん誰にとっても同じように流れてるはずなのに、体感はぜんぜん違うよなって思うことがある。たとえば、何かに夢中になってるときの一時間と、ただぼーっとしてる一時間は、同じ60分とは思えないくらい差がある。
人生経験って言葉もわりとよく聞くけど、これもまた不思議で、「経験が多い人=すごい人」みたいな単純な話でもない気がする。むしろ、同じ出来事を経験しても、何を感じて、どこに引っかかったかで全然違う“重さ”になるというか。
正直なところ、自分も昔は「時間を効率よく使うこと」が正義みたいに思ってた時期があった。でも今はちょっと違っていて、無駄に見える時間の中にしか残らないものもあるんじゃないか、って思うことが増えた。たとえば、何もしてない時間にふっと浮かんだ考えとか、あとから妙に残る記憶とか。
人生経験って、いわゆる「イベントの数」じゃなくて、「あとから思い返したときに、どれだけ引っかかりが残ってるか」みたいなものなのかもしれない。うまく言えないけど、綺麗に整理された記憶より、ちょっと曖昧で、説明しにくいものの方が、案外ずっと残ってたりする。
それに、時間の感じ方って年齢とか環境でも変わる。子どもの頃の夏休みが長く感じたのは、単純に暇だったからなのか、それとも初めてのことが多かったからなのか。今となってはもう検証できないけど、たぶん両方ある気がする。
最近思うのは、「時間をどう使うか」っていうより、「どんなふうに時間を受け取ってしまうか」のほうが大事なんじゃないかってこと。受け取り方は選べない部分もあるけど、少しは向きを変えられる気もするし、変えられない気もする。その曖昧さのまま生きてる感じが、まあ悪くない。
結局のところ、人生経験っていうのは積み上げるものというより、あとから勝手に意味がにじんでくるものなのかもしれない。今の自分にはまだよくわからないけど、そういう“にじみ”みたいなものを見逃さないでいたいとは思っている。
※ちゃんとした結論はないです。たぶん、こういうのはないままのほうがいい気もする。

