「自分の判断で仕事をしている感じがしない」
「上司や上の人の意向が絶対で、現場はそれに合わせるしかない」
「職場で誰かの悪口や、立場の弱い人への扱いを見ても、何も言えずに『そうですか』と流すしかない」
「長年我慢してきたけれど、ある日とうとう怒りが爆発した」
もしこうした感覚に覚えがあるなら、あなたが苦しかったのは、単に「仕事が大変だったから」ではないのかもしれません。
自分の意思を持って働くことが難しい職場環境に、長期間さらされていた可能性があります。
この記事では、そうした職場で起こりやすいことや、「なぜあんなに苦しかったのか」を整理していきます。
「自分の判断で仕事ができない」とはどういう状態なのか
仕事には当然、上司からの指示があります。
新人であれば、最初から自由に判断できないのも普通です。
しかし、問題になるのは、次のような状態が続く場合です。
- 上司の判断が常に正しいものとして扱われる
- 現場から意見を出しにくい
- 「なぜそうするのか」より「上がそう言ったから」が優先される
- 自分で考えても、結局は上の人の意向に合わせる
- 上司の機嫌や社内の力関係まで考えて行動しなければならない
これは「裁量権が小さい」「上意下達型の組織」「トップダウン型の職場」などと表現できます。
つまり、仕事の内容だけではなく、「自分で判断できる感覚」があるかどうかも、働く上で重要なのです。
年齢差が大きい職場では、若手が孤立しやすいこともある
入社したばかりの若手社員にとって、周囲がかなり年上の社員ばかりという職場は、決して気楽な環境とは限りません。
自分と近い年代の先輩がほとんどおらず、その上になると一気に年齢が離れている。
このような職場では、単純に「先輩が少ない」という以上の問題が起こることがあります。
自分と近い感覚を持つ人がいないのです。
仕事について疑問を感じても、
「これって普通なのかな?」
「自分がおかしいのかな?」
「こんなことを言ったら生意気だと思われるかな?」
と考えてしまいます。
しかも、相手が長年その会社にいる年長者や上司であれば、入社したばかりの若手が対等に意見を言うのは簡単ではありません。
結果として、「自分の考え」より「職場ではこういうもの」を優先するようになることがあります。
「そうですか」と受け流すしかなくなる職場
もっとつらいのは、仕事内容ではなく、職場の人間関係や会話そのものに違和感を覚えるケースです。
たとえば、社員同士の会話の中で、その場にいないアルバイトや派遣社員について、見下すような発言が繰り返される。
でも、それに対して、
「そういう言い方はよくないんじゃないですか」
とは言えない。
なぜなら、「今度は自分が何か言われるかもしれない」という不安があるからです。
そこで、
「そうですか」
「へえ、そうなんですね」
と適当に受け流す。
本当は同意していない。
でも、反論もしない。
こうした状態が長く続くと、自分の中に矛盾が生まれます。
「自分はそんな考え方をしたくない。でも、この場では合わせるしかない。」
これが積み重なると、仕事そのものとは別のところで精神的に消耗していきます。
「何も言わなかった自分」が後になって心残りになる
こうした経験をした人の中には、退職して何年も経ってから、
「どうしてあのとき言えなかったんだろう」
「あの人たちに、あれはおかしいと言えばよかった」
「自分も結局、黙って見ていただけだった」
と考える人もいます。
しかし、ここで忘れてはいけないのは、当時の自分には当時の立場があったということです。
入社したばかりの立場で、周囲が年上ばかり。
職場の力関係も分からない。
誰に何を言えばどうなるのかも分からない。
そして、「本心を言ったら自分に当たってきそう」という感覚がある。
そんな環境で「正しいことを言え」と言われても、簡単ではありません。
むしろ「そうですか」と受け流したのは、その場を生き抜くための自己防衛だったとも考えられます。
我慢している人ほど、突然「怒り」が出ることがある
長期間我慢していると、ある日突然、怒りが爆発することがあります。
それは、突然怒りっぽくなったというより、
それまで何度も飲み込んできたものが限界を超えた
と考えたほうが分かりやすいでしょう。
たとえば、
- また上の人の都合で話が変わった
- また誰かが陰で馬鹿にされている
- また何も言えずに黙ってしまった
- また自分が我慢することになった
という出来事が一つ一つ積み重なっていく。
一回一回なら耐えられる。
しかし、それが何年も続けば、心の中には大量の「未処理の怒り」が残ります。
そして、ある出来事をきっかけに、それまでの分まで一気に出てしまう。
だから、「あのとき怒ってしまった自分」だけを責めるのではなく、その前に何年間もの我慢がなかったかを見ることも大切です。
10年以上耐えたからといって、「大丈夫だった」わけではない
入社してから退職するまで、10年以上その環境で働き続けた。
外から見ると、
「10年以上続いたんだから、そこまで悪い職場ではなかったのでは?」
と思われるかもしれません。
しかし、勤続年数と職場への適応度は別の問題です。
長く続けられたから平気だったとは限りません。
むしろ、
- 辞める勇気がなかった
- 他の職場を知らなかった
- ここで働くのが普通だと思っていた
- 我慢すれば何とかなると思っていた
という理由で、長期間耐えている人もいます。
そして、長く耐えた結果、「押しつぶされそうだった」と感じるところまで来てしまうこともあります。
これは「パワハラ」なのか?
ここは慎重に考える必要があります。
上司から指示を受けることや、職場で意見の違いがあることだけで、直ちにパワーハラスメントになるわけではありません。
厚生労働省は、職場のパワーハラスメントを、①優越的な関係を背景とした言動、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、③就業環境が害されること、という3つの要素をすべて満たすものとしています。
そのため、
「自分が嫌だった職場=パワハラだった」
と単純に決めつける必要はありません。
ただし、明確にパワハラに該当するかどうかとは別に、自分の意見を言えず、常に上の人の顔色をうかがい、職場の空気に押しつぶされそうだったという苦しさ自体は、軽視しなくていいものです。
「裁量がない仕事」と「自分を失っていく職場」は少し違う
マニュアル通りに進める仕事でも、働く人が納得して仕事をしていることはあります。
逆に、ある程度自由な仕事でも、上司の機嫌や社内政治に振り回されれば、強いストレスを感じることがあります。
大切なのは、
「どれだけ自由な仕事か」だけではなく、「自分の意思を持って働けるか」
です。
だから、
「仕事だから上司の指示に従うのは当たり前」
だけでは説明できない苦しさがあります。
「指示に従うこと」と「自分の意思を持つこと」は、本来両立できるものだからです。
あなたが「弱かった」から耐えられなかったわけではない
長い間、職場の空気に合わせてきた人は、
「自分が気にしすぎだったのかな」
「もっと強くなればよかった」
「もっと早く言い返せばよかった」
と、自分の側に原因を探してしまいがちです。
でも、10年以上も我慢し続けた人に対して、
「もっと我慢すればよかった」
とは言えません。
むしろ、そこまで長く耐え続けたこと自体が、その環境から離れることが簡単ではなかった証拠とも言えます。
長年、自分より上の人たちの意向や職場の空気に合わせ続けてきた生活から離れることは、それだけでも大きな決断です。
これから仕事を選ぶなら、「仕事内容」だけでなく「組織の空気」を見る
過去にこうした職場を経験した人は、次の仕事を探すときに、給与や仕事内容だけでなく、「その会社では自分の意見を持って働けるか」を見ることが大切です。
たとえば面接や職場見学で、次のような点を見てみましょう。
- 若手社員が上司に普通に質問しているか
- 上司が部下の意見を聞いているか
- 年齢の違う社員同士が自然に会話しているか
- アルバイトや派遣社員をどう扱っているか
- 「昔からこうだから」が多すぎないか
- ミスや意見の違いをどう扱う会社なのか
特に、自分より立場の弱い人への接し方は、その組織の文化を見るうえで意外と重要です。
上司が面接ではあなたに丁寧でも、部下やスタッフに対して横柄なら、その職場に入った後の自分の扱いも考えておいたほうがいいでしょう。
最後に
「上司の命令に左右される仕事が嫌だった」というところから始まった話でも、よく掘り下げてみると、問題は単純な「仕事内容」ではなかったのかもしれません。
自分の考えを持っていても、それを言えない。
上の人の意向に合わせる。
職場の空気に逆らわない。
立場の弱い人への扱いに違和感があっても黙っている。
嫌なことを何度も飲み込む。
そして、長年それを続けた結果、心の中に怒りが溜まり、あるとき爆発する。
もしあなたがそういう経験をしてきたのなら、
「自分はなぜあんなに怒ってしまったんだろう」
だけではなく、
「自分はその前に、何年間、何を我慢し続けていたんだろう」
と考えてみるのも一つです。
当時「そうですか」としか言えなかった自分を、今の自分が責め続ける必要はありません。
入社したばかりの頃の自分には、その時の自分なりの事情があった。
そして長年働いた後の自分には、そこから離れるという判断ができた。
長く耐えたことも、最後に離れたことも、どちらもその時々の自分が精一杯やった結果だったのかもしれません。

