過去を過去のまま懐かしんでお終いではなく、明日へと繋げる一歩

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昔住んでた街並みをGoogle Earthで改めて見るとその街並みの変化に驚いた。

うんざりするほど通い慣れた通学路も、10年・20年経てば懐かしむ側に立ってる。

見慣れたうす汚れの校舎やよく遊んだクラスメイト、先生の顔が浮かんでは思い出に浸って

学校に通っていて楽しかった時はあったけど、1日の中で自由に使える時間が削られていると感じたこともあった。

それと少し違和感があったのは

過去からすれば現在の僕が未来であるわけで、思い起こせば「あんなことしてたな」ってちょっと目蓋を閉じたくなるような過去を美化させるのはどうかと思うってこと。

けど、人生に後悔してるわけじゃないのに

ふとした時に、思い起こしては消え

また思い起こしては消えていく。

思い出を共有できる仲が良かった友達も

たまには思い起こしてくれているかもしれない。

いや、都合が良過ぎるかな。

自分の歩んできた道を過去を一度断ち切っても

結局思い起こす時が来るし、かといってその全てを否定するわけでもない。

むしろ何をどう歩んできたとしても

その一つ一つの出来事の積み重ねがあったから今こうして過去を懐かしむことができているわけで。

思い起こす中でよくあるのは

小さいうちからお金を貯めておけば良かった、とか

貯めたお金を使ってお金をさらに増やせる方法を考えて行動に移しておけば良かった、とか

学校なんか行かないでその時にやりたいと思ったことをやってれば良かった、とか

親の言うことを振り切ってでも、自分の意志を曲げずにその考えを行動に移しておけば良かった、とか

親元を離れた今だからこそ、今の視点で物事を考えられるようになったってことはありそうだけど。

それはともかく

これまでの人生で起こしてきた小さな失敗や大きな失敗は

明日に繋げるための一歩と捉えれば

何も無駄や無意味なことではなかったと学びに転換することができる。

勉強嫌いの少年だった僕が歳を重ねて大人になっても

自ら進んで自己学習することだけは唯一

時間経過を忘れるほど没頭できるワクワクの瞬間であることに変わらず。

んで、またそのうちに年数経過して街並みが変わっていくと言うw

それでは。

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