掴んでは手放しからっぽになってまた新しい風が流れ込む人生。

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人間って不思議なものであれもこれもと興味あるものに飛び込むことでワクワクを実感できますよね。

ワクワクに慣れてくるとまるで手一杯に荷物を抱えたみたいに良い意味で落ちついてきて。

別の表現をするなら重苦しく足枷のようにも感じてしまう。

学生時代にやりたくなかった宿題の義務感とか。

それまでは自分が楽しくやれていたから、もしくは自分のことしか見えていなかったから気付きもしなかっただけなんですけどね。

慣れっていわゆるその場の環境や行動・思考だったりの自動化なんで時に厄介なものに変わることもありがち。

例えでよくあるのは新しく勤め出した職場に出勤することや引っ越し直後の生活がそうだったりします。

人間関係においても慣れ親しんだの慣れの部分が当たり前のように感じ過ぎてしまい相手の気持ちを汲み取れなくなって、、なんてことも。。。

それを避けるためには

相手に一切の期待はせずに程よい距離感を保ち接すること。

たしかに人間関係においては広く浅くよりももう一歩踏み込んだ関係の方がお互いに信頼性は増すと昔は感じたものだけれど、相手は慎重に選ぶべきです。

相手がどんな人間であれ、嫌なことは嫌とはっきりと言うべきだし、関わるのが煩わしくなってきたなら今この瞬間が見定める時だと受け止めればいいだけのことで。

そもそも自由気ままにフットワーク軽く生きたい人には誰かに何かに依存したり縛られた生き方は向いていないので誰にも何一つ期待する必要がないっていうw

僕自身人間的に割とさっぱりしてはいても、基本的に相手と角の立たない距離感を保っていたいのが本音ですからね。

物事の捉え方は人それぞれだし自分の考えを一方的に押し付けても非生産性でしかないから費やした時間と情熱が一切ムダになってしまうのも人生のロスでしかない。

それってつまり空回りでしかなくて。

人生って引っ越したばかりの部屋と似ていると僕は実感していて、からっぽになった分だけ新しい風が流れ込むっていう。

だからまた新しいワクワクが訪れる。

訪れるというよりは自分の意志で受け止めるスペースを用意しておいて自分の足で飛び込んで行く感じ。

いつだって予定は未定ですからね。

未来とは白紙のページに自分で描いていけるもの。

人生そのものがアートです。

表現方法は自分次第。

さぁ、あなたは今この瞬間からどう表現していきますか?

何をじゃなくてどう表現って過程が注目ですね。

あなたが死を迎えるその時までどうやって生きていくかですよ。

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